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建築に関連する各業界のお話。①
2007 / 03 / 17 ( Sat )

お久しぶりです、みなさま^^;

 先日、アパホテル関連の耐震不足問題がありましたが、その構造設計を担当した水落氏の一級建築士免許の取消がありました。
彼は姉歯事件の頃から名前が出ており、実際この措置は遅いと言わざるを得ません。

要は、基準法を無視して、自分の考え方を押し通した訳です。
詳細は専門的な話になるので割愛しますが、構造の規準というのは、幾つかのルート(方法)があります。
簡単に言えば、ガッチリ?した剛強で考えるか、粘りを持たせて靭性に考えるか?
これによってそれぞれ鉄筋量や耐力壁の量は変わります。
彼の取った手段は、その範囲を拡大解釈し、公に認められていない自分の方法を選んで設計したといえます。

仮に、それで建物がもっても、法の規準とは違う訳ですから“違法”です。
逆な言い方をすれば、その都度、様々な建築士が己が方法を押し通せば、法は無きに等しくなってしまいます。

あくまでも抑える所は抑え、その根拠の元に設計・提案してこそ、信頼の置けるプロとしての道だと思いますが、皆様はどう思いますか?

私個人としては、取り消されて当り前だと思いますね。
理論が叶っているのなら、先に“証明”すべきです。
こんな事当り前だと思いますが。。。

さて、前回の続きです。



Ⅰ 街の不動産業や大手デベロッパーのお話

工務店の功罪の折お話した通り、一人親方に代表される街の大工さんは、これといった営業活動をしていませんでした。
正に、仕事が仕事を呼ぶという図式が何時までも続くと思い込み、腕の良さ=仕事の継続と思っていました。
それでも弟子(見習い)を取っているような工務店は、みなを学ばせながら食べさせなければなりませんから、ある程度の仕事の量を確保しなければならなかったのです。
上記のようなケースがわかり易いと思うので、これからの話の例に取ります。

大工さんの多くは、組合などの関係や上棟式の応援、問屋などの催し物(展示会・お祭)などで知り合った同業者を“仲間”などといいます。
これは今でも聞かれる言葉ですが、 “売ることが仕事”の営業マンにとっては、かなり温(ぬる)い話に聞こえるのではないでしょうか?
実際、何処の家(客)に誰(他社の営業)が行っているか耳を欹てていますし、他社の営業活動の情報を仕入れて後追いしたりして(本当の話)、“後出しジャンケン”のように狙うツワモノもいます(笑;

話を戻して、そのような工務店の親方(社長)は、仕事の継続に注意しますが、どこもがいつも仕事に溢れている訳ではありませんから、仕事を取るにはどこかで補う必要がある。。。

その一つが街の不動産屋さんでした

彼らは土地に関する情報等持っていましたから、そんな大工にとっては便利のいい御用聞きだったのです。
かなり極端な例を持ち出しましたが、口利きするとドンドンお金になる訳で、彼らのやっている事は結果、市場の開拓へと続いていきました。
そうなると潤沢な仕事量は武器となり、ならば「自分達で発掘して、誰かに頼もう」という事になったのです。
その誰かというのは、言うまでも無く大工です。

立場は逆転しました。
まるで、江戸時代の武士と商人の話とソックリですね。
折からの住宅ラッシュが重なっていき、また地方から上京したり出稼ぎに来る大工も必然的に増えました。
団塊の世代が手にした、マイホーム隆盛時代です。
頑固でちょっと強面、でも身近で頼りになる大工さんは、過当競争という経済の渦中に入っていかざるを得なくなりました。

昭和40年代からの住宅ラッシュは、2つの事実を残しました。
一つは、労働者層への夢のマイホームであり、狭いながらも楽しい我が家が手に入りました。もう一つは、価格の手頃さからなのでしょうか、建売のイメージです。

雨露凌げればよかったかどうかは別として、すきま風はあるし、立て付けが悪かったり、床鳴りギィギィ、雨漏りしたり…。
様々な原因が考えられますが、当時の代表的な原因として挙げられるのは、職人のレベルです。

敢えて職人と書いたのは理由があります。
それは、年季奉公も明けなかった技術の拙い見習い程度でも“単独”で請負ったんです。
それだけ仕事が溢れていて、大工が足りなかったんですね。
おかげで、まともに働いている大工は、キチンとした仕事で適正な手間と時間を掛けているのに、遅いだ、何だと正当な評価を得られませんでした。
これは哀しい哉、会社の大小は関係なかったのです。

昭和55年の新耐震基準(56年施行)当時、大手だろうが不動産だろうが、下請けに甘んじても、浮かぶ瀬も無く…、なぁ~んて思ったか知りませんが、下請けからの脱却を目指した大工さん達…、所謂地場工務店が増えつつありましたね。

不動産業者にとって、今もある意味そうなのでしょうが、変わりはいくらでもいる。
分譲といったって、売り地を探して計画し、結局はどのくらいの建坪が何棟建つかです。
商業レベルから言えば当り前なのです。

私が問題だと考えるのは、専任の一級建築士が常備している会社があまりにも少ない事です。
一応?、現在の法律では確認申請とは別に(というか、連動して)工事監理をしなければなりませんが、中間検査制度導入以前、確認だけ建築士にさせて、管理はしていませんでした。
いやいや、不動産屋さんの担当者と思しき人は現場に来ましたよ。
でも、大半は来ただけで、ああしたいからこう、こうしたいから変更なんて具合。
筆者もそのような場面に遭遇した事が多々あります。
ちなみに、現場が進んでいようがその部分が終わっていようが、変更といわれたら変更で、酷い所になるとその手間はもらえません。
そう、壊す手間と新たに造る手間は“大工の自腹”です。

その“確認”のみ建築士にさせるという現実が、欠陥や手抜きを生む温床と見られたのは事実です。
それはそうでしょう?

素人同然の人がいくら見たってわかる訳がない。

元々無理な単価で請負っていますから、早く次の現場に行きたい訳で、自分の責でないダメ工事まで面倒を見させられたら堪ったものではないです。
早く締める為、 『もうちょっとしてあげよう』という職人気質は消えていきます。
彼らも生きていかなければなりませんから。
ハッキリ言ってそんな余裕が無いんですね。

しかし、生きていく為とはいえ、必要な工事を減らすような手抜きは許されず、結局はモラルなのでしょうか?
その程度の“余裕”の無い現場というのは、やはり質が悪いです。。。
売ってなんとも思わない業者もいますが。

そうそう、先日こんな事がありました。


次回に続きます^^;
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